「やってみなはれ」の精神

久しぶりに、時間を忘れて読みふける本に出会った。
風邪で寝たり起きたりを繰り返す数日。
枕元に置き、片時も離さず読み続けた。
伊集院静著『琥珀の夢』2017年に上梓された本である。
サントリー創業者・鳥井信治郎の生涯を描いた長編小説だ。
物語は、ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝との出会いから大きく動き出す。
周囲の猛反対を押し切り、
「誰もやってへんことやさかい、やるんだすわ。」
そう言って、日本人のための本格ウイスキー造りへ挑んでいく。
その情熱は、狂気にも似ている。
朝の連続テレビ小説『マッサン』でも描かれていたように、日本人の嗜好に合うウイスキーを造ることは容易ではなかった。
しかも、ウイスキーは造ればすぐ売れるものではない。
原酒を樽で何年も寝かせなければ、本当の味にはならない。
十年という歳月を待ちながら、それでも挑戦を続ける。
そこにあったのは、勝算だけではない。
夢であり、冒険心であり、「まだ誰もやっていないこと」への強い憧れだったのだろう。
一方で、信治郎という人物を支えていたのは、母から教えられた「陰徳」の教えだった。
人知れず善いことを積み重ねる。
社員だけでなく、その家族にも心を配る。
もちろん小説である以上、人物像には脚色もあるだろう。
それでも、こういう人のもとで働いてみたいと思わせる魅力があった。
今もサントリーには「やってみなはれ」という言葉が受け継がれている。
その精神は、創業者の背中から生まれたものなのだと思う。
大企業にも、創業の頃がある。
リヤカーを引きながら、夢だけを頼りに歩いていた時代がある。
その原点を忘れない企業は強い。
鳥井信治郎は、夢を見続けた人だった。
もし、あの世でお会いすることがあれば、
「よう頑張らはりましたね。」
そう声を掛けてみたい。
そんな人に出会えるなら、あの世も少し楽しみになる。
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