冥途からのファックス

『冥土のお客』を読んでいて、ふと思い出したことがある。
「あの世はあるのか、ないのか」
誰でも一度くらいは考えたことがあるのではないだろうか。
私は、どちらかと言えば「ない」と思う方である。
だから、佐藤愛子さんと似たような経験をしたことさえ、長い間忘れていた。
忘れていたというより、
「気のせい」
で済ませていたのだと思う。
けれど、本を読んでいるうちに、
「もしかしたら、気のせいではなかったのかもしれない」
と思うようになった。
佐藤愛子さんが、ある日、江原啓之さんと電話で話していた時のことだ。
江原さんが突然、
「今、お宅に遠藤周作さんがお見えですね」と言ったという。
遠藤周作さんとは、生前、
「どちらかが先に逝って、もしあの世があったら知らせ合おう」
と約束していたそうだ。
江原さんによれば、遠藤さんは机の上の原稿を見ながら、にやにや笑っていたらしい。
もちろん佐藤さんには見えない。
しかも、
「あの世はあったよ。ほとんど君の言う通りだった」
と、江原さんを通して伝えてきたという。
死後間もない“訪問”に、佐藤さん自身も驚かれたそうだ。
それを読んでいて、私も昔のことを思い出した。
三十年ほど前、私には「お父さん」と呼んで親しくしていたご近所のご主人がいた。
ある時、
「どちらかが先に逝って、もしあの世があったら連絡しましょう」
と冗談半分で約束したことがあった。
その後、お父さんは食道癌を患った。
手術をすると声が出なくなると言われ、我が家では初めてファックス付き電話機を買った。
お父さんは、よく電話をかけてくる人だった。
近所の野良犬のことまで気に掛け、
入院中でも雨が降ると、
「クロちゃん、玄関へ入れたってや」
と電話してきた。
そのお父さんが亡くなった後のことである。
外から帰ると、突然ファックス受信の、ブルーライトが点滅している。
けれど、待っていても紙は流れてこない。
受信信号だけが残るのである。
私は何となく、
「あの世はあるよ」と、お父さんが連絡してきているのではないかと思った。
もちろん半信半疑だったけれど。
数日後、私はお父さんの家へ泊まりに行くことになった。
奥さんのふみちゃんと、仏壇の前に布団を敷いて寝ていた、その夜だった。
突然、仏壇に供えてあった大きなメロンが、
ゴロン――
と、私の布団の上へ落ちてきた。
真夜中である。
私はメロンは好きだけれど、深夜に仏壇から落ちてくるのは驚く。
ふみちゃんと顔を見合わせ、
「いかにも、お父さんらしいねぇ」
と笑ったことを覚えている。
今になって思えば、あれも冥途からのお知らせだったのかもしれない。
もっとも、だからといって私が霊感体質かと言えば、どうもそうではなさそうである。
やはり今でも、半分は「気のせい」だと思っている。
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