契り橋と幾世の鈴──商い世傳の余韻

『あきない世傳 金と銀』本編を夢中で読み進め、読み終わったときに物語は完結したものと思い込んでいた。ところが続編ともいうべき特別巻があると知ったのは、つい最近であった。しかも上下二巻。「契り橋」が上巻、「幾世の鈴」が下巻であり、昨年二月にはすでに上梓されていたという。

高田郁の作品には、いわゆる悪人が登場しない。その点において、正直に言えば善意の多さにやや食傷することもある。だが、それでも読み続けてしまうのは高田郁の筆の力に魅了されているからだ。

「みおつくし料理帖」で出会って以来、常に追いかけてきた作家であった。彼女の本で古い言葉の意味を知り、読み続けることは、波に身を委ねる心地よさがあった。しかし、いつの頃からか、その居心地のよさが逆に現実との乖離となり、世の中の厳しさを思い知らされて心が引き戻される時もあった。それでも続きを読まずにはおれない。高田郁とは、そうした物語を書く作家である。

「契り橋」と「幾世の鈴」では、本編ではわき役の登場人物一人ひとりに光が当てられ、読者はその後の人生を見届けることができる。幸の前夫であり、五鈴屋を去った惣次が、いかにして井筒屋三代目・保晴となったかを描く「風を抱く」には、やや駆け足の印象もあり肩透かしを覚えた。

一方、五鈴屋店主、幸の妹である結のその後が特に気がかりであった。
親子ほど年の離れた大店の主人に嫁いで本当に良かったのかと思っていたが、下巻において彼女が思いがけない境遇に暮らしていることが明らかとなる。そして結の夫は心の大きな人物であり、結にとってはこの人しかいなかったと思わせる存在であった。これは下巻を読んだ大きな収穫である。

物語の結びには、五鈴屋がこの先の百年、さらにその先の百年を目指して「商い世傳」を守り継いでいく姿が描かれている。そこには、単なる歴史物語を超えて、未来への希望を託す作家の思いが込められていると感じられた。

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