こんなに美しい文章で綴られた小説は、久しぶりだった。

浅井まかて著『グロリアソサエテ』である。

物語は、大正末期から昭和初期にかけて、宗教哲学者・柳宗悦が河井寛次郎や濱田庄司らとともに、日々の暮らしの道具の中に自由な美を見いだし、「民藝」という新しい世界を世に問うていく姿を描いている。
主人公は、関東大震災で父を亡くし、縁あって柳家に女中奉公することになった少女・サチ。
読者は彼女の目を通して、柳家の日常と、「民藝」が生まれていく空気を見つめることになる。

柳家には、サチの知らない世界が広がっていた。
「志賀君から筍が届いた。」
その「志賀君」が志賀直哉であるような家庭なのである。

美しい器に囲まれ、美を語る人々が集い、芸術が日常の中に息づいている。
そんな暮らしの中で、サチ自身も少しずつ民藝の世界へ魅せられていく。

この小説の魅力は、民藝運動そのものだけではない。
柳家の日々の暮らしが実に丁寧に描かれていることだ。
とりわけ印象に残ったのは台所である。
「サチは人参の皮を剝き、サラダ用の胡瓜を塩ずりしてから薄い輪切りにしておく。鶏を切り分け皿に移し、塩と胡椒をまぶして指で軽く押さえてから、これもしばらく寝かせる。」
ある日の献立は、鶏のクリームシチューとポテトサラダ。
まるで料理本を読んでいるような細やかな描写で、まな板の音が聞こえ、鍋から立ち上る湯気まで見えてくる。

民藝への情熱が高まるほど、柳家の台所はますます賑やかになる。
その暮らしぶりこそが、この小説のもう一つの主人公なのだと思った。

そして忘れられないのが、柳宗悦の妻・兼子である。
声楽家として活動しながら、
「私を支えているのは音楽。一家を支えているのも音楽。」と言い切る。
家計は決して楽ではない。
それでも民藝への情熱を絶やさず、人が絶えない家を支え続ける兼子の姿には、多くを学ばされた。

京都・五条坂近くには河井寛次郎記念館がある。
場所は知っている。
一時は民藝に魅せられ、益子まで足を運んだというのに、なぜかは河井寛次郎記念館は訪れていない。

駐車場がないことや、道が狭いことを理由にしてきた。
けれど、この本を読み終えて決めた。
今年こそ、河井寛次郎記念館を訪ねよう。

こんなに心を動かされる本に出会えたのだから、民藝との縁は、まだ私の中で続いているのだろう。

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