祈りの島・五島を巡る――体力の限界で出会った信仰と絶景

中国の黄山以来の、久しぶりに体力を試される旅だった。
帰宅した今でも、「来年ならもう無理だったかもしれない」と思う。
覚悟していた教会の階段は、まだ想像の範囲だった。
しかし景観を求めて進めば、その道はまるで登山道のようで、絶景はさらにその先に待っている。

初日はレンタカーで、堂崎天主堂キリシタン資料館を訪れた後、カトリック楠原教会、水ノ浦教会と教会巡りをした。

楠原地区は、1797年、外海から渡ってきたキリシタンたちが開墾した土地である。
久賀島から始まった「五島崩れ」の弾圧は楠原にも及び、近くには小さな牢獄跡が残されている。
現在のレンガ造りの教会は、禁教令が解かれた後の1912年に建てられたものだ。

初日最後の教会は井持浦教会である。
かつて大村藩から移住したキリシタンが潜伏し、五島藩の塩造りに従事した地区である。
井持浦教会では、1899年には、五島信徒の手により日本初のルルドが造られた。
この霊水は病を治すと言われて今でも信仰を集めている。
私も体力の回復を願って、手にすくって飲んだ。

どの教会も時代の中で建て替えや修復を重ねてきたが、信仰ゆえに迫害された歴史は至る所に残されている。
しかし内部は、ステンドグラスの光に満ちていた。
鉄川与助による「こうもり天井」は、羽を広げた蝙蝠のような優美な曲線を描き、教会へ入るたび思わず見上げてしまった。

五島では教会の塔が目につき、お寺の屋根はほとんど見かけなかった。
だが実際には、キリスト教徒より仏教徒の方が多いという。
キリスト教墓地には、美しい生花が供えられていた。

この“難行”は翌日も、その次の日も続いた。
帰りの飛行機では、タラップを上がるだけでも辛かった。
それでも五島には、苦難の歴史を超えて守られてきた祈りと、歩き抜いた者だけが見られる景色があった。
体力を使い果たした旅だったが、心には深く残る五島巡りとなった。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

skogBLOG内の記事検索

カテゴリー

過去の記事

生活・文化の情報収集

ブログランキングで生活・文化関連の情報を収集できます!
ページ上部へ戻る