旅に出たなら何食べる —白壁の居酒屋 大洲油屋

居酒屋という場所は、いたって苦手である。酒を飲めない我々には居心地が良くないように思うのである。しかしながら、地方で美味なるものを手軽に味わおうとすれば、居酒屋ほど手軽で頼れる選択肢もない。旅先では時々暖簾をくぐることがある
この日は、大分県臼杵よりフェリーで愛媛県八幡浜へと渡り、大洲にて一泊する旅程であった。食事処をあれこれと検索する中、「油屋」という一軒の居酒屋の口コミが目を引いた。評判の高さはもちろんであるが、何より私の琴線に触れたのは、その建物の佇まいであった。白壁に黒瓦、どこか蔵のような趣があり、歴史を感じさせる造りが写真からも伝わってきた。迷うことなく予約を入れた。

ナビに導かれて車を走らせるうちに、道はだんだんと狭くなっていく。こんな場所に大きな建物があるものかと半信半疑のまま一度は通り過ぎてしまった。どうにも腑に落ちず車を降りて探してみると、そのさらの奥の細道に、突如として広い駐車場とともに姿を現したのが「油屋」であった。


白壁に覆われた外観は、まさに私の好みの和の風情を湛えていた。だが、驚くのはむしろ扉を開けたその瞬間であった。中に足を踏み入れると、そこはまるで異空間。広い土間に大きく切られた囲炉裏が据えられ、その周囲を囲むようにして多くの客が寛いでいた。天井は高く、梁の太さからは建物の歴史と骨太な造りが見て取れる。灯りはやわらかく、木の温もりと火の揺らめきが合わさって、空間全体がどこか懐かしい温もりに満ちている。

囲炉裏の周囲では、長いしゃもじに料理を載せて提供するという粋な趣向が凝らされていた。手元に滑り込むように運ばれる様子は見ていて飽きず、もはや一種の演出である。他の客が頼んだ品々の香り、湯気、器の色合いまでが目に美味しく、旅人の心を揺さぶるのである。

庭に面したテーブル席に通された我々は、アルコールなしの静かな夕食となった。しかしながら、その日は臼杵観光とフェリー移動で既にくたびれ果て、三人とも食欲が湧かなかった。こうした時に便利なのが「お任せ」である。すべてを託し、疲れた頭を休ませるにはちょうど良い。

しかしながら、結果としては少々失敗であった。私としては地魚を使った素朴で力強い料理を期待していたが、出てきたのはどちらかといえば創作系の小洒落た料理が中心であった。見た目は美しいが、腹に沁みるような味を欲していた我々の求めとは少し方向が違っていた。口コミの数々を読んでいたはずであるが、事前にメニューにまで目を通していなかったのは悔やまれる。旅の後半で疲れが出ていた証左である。


とはいえ、「油屋」という空間そのものは、まさに絶品であった。あの囲炉裏と白壁、天井の高い広間、そしてしゃもじが行き交う光景は、まさしく日常を離れた「演出された非日常」である。もし可能であるならば、この居酒屋をそっくりそのまま滋賀県に持ち帰りたいという思いすら湧く。

建物の造り、空間演出、提供の所作、それらすべてが調和した場所。再訪するなら、今度こそメニューをじっくりと眺め、地の魚と地の酒を少し、囲炉裏を前にしてじっくり味わいたい。愛媛県大洲の「油屋」は、そうした「また行きたい」と思わせる不思議な力を持った居酒屋であった。

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コメント

    • 明子
    • 2025年 5月 26日

    盛り沢山の旅の印象拝見してて、今回の「油屋」は特に興味津々でした。酒好きの主人から何回かこの「油屋」の事を聞いてました。
    素敵な処ですね~

      • skog
      • 2025年 5月 26日

      明子さん、コメントをありがとうございました。大洲の「油屋」をご存じとは驚きました。お酒を飲めなくても雰囲気が良くて、ランチもやっているらしいのです。「ランチ行く?」と気軽に言えないのが残念な距離ですね。

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