人生は短く夢のようだ|身辺整理について考える

「弱音を吐くのはまだ早いと自分を励ます心」と「いつか来る日の為の準備を始めなければ」と言う心がせめぎ合って、疲れて眠る。
馬鹿々々しいけれど、今日はそんな一日だった。

姉母の今後が、少しづつ明確になり始めると、いよいよ来るべき日に向かっての準備が、私の心を複雑にしている。
一人暮らしをしていたとはいえ、10年過ごした部屋を片付けるのは並大抵ではない。
先日一時帰宅をして、各部屋を回って必要なものをチェックしてもらったけれど、もうほとんど「捨てておいて」と言うものばかり。
本人はそう言っても、これからの生活もあるのだから全部を捨てるわけにはいかない。
結局、私が一人で選別する仕事が残された。

姉母のものを整理しながら、自分の家に帰ると「片付ける」という事が自分の上にのしかかる。
私には「パソコン」の中という、他の人の知り得ない片付けも物がある。
銀行も通帳を持たないで管理しているけれど、IDだのPWだの分かるようにする必要がある。
2日ほど何処かに籠もらないと難しい。
中途に家事をしたり人の声がすると集中力が続かない。
現実的には無理なので、すぐに逃避の方向に向かい「明日」「また今度」となる。

姉母も5月15日にベッドに入ろうとして起きた転倒事故から、一気に全て自由が奪われた。

その始まりの記事はこちらからどうぞ
隙間の時間にと思いきや ‐ 姉母の悲痛な電話

沢山ある鞄を見せて「どれを持っていたい?」と聞いたら「もう出かけることもないから鞄はいらない」と答えた。
『あれだけお出かけ好きな人が』と思うと、そういう答えを聞くのは辛い。
やはり、自分と重ねている部分がある。

人生は、短く、夢のようだ。

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